抗議書
株式会社 産業経済新聞社
代表取締役 熊坂隆光 殿
東京都知事 石原慎太郎 殿
2011年7月5日
ホームレス総合相談ネットワーク
代 表 森 川 文 人
私たちホームレス総合相談ネットワークは、東京都内でホームレス状態にある方々に対する法的支援活動を行っている弁護士、司法書士らからなるグループです。
このたび、産経新聞社が、2011年6月28日付で報道した「「被災者」が生活保護費を現金支給後に避難所から失踪 東京都が調査へ」と題する記事記載の事実について、ホームレス状態にある方々をはじめとする生活困窮者支援に関わる法律専門家として看過できない問題点があることから、産経新聞社及び東京都に対して、下記のとおり抗議します。
記事によれば、東日本大震災で被災し東京都内の避難所に滞在していた男性が、司法書士の援助を受けて生活保護申請を行い保護開始決定を受け保護費を受領した後に所在不明となったことについて、東京都が「男性が『被災者』の立場を悪用し、保護費を持ち逃げした可能性もあるとみて調査に入った」との事実が伝えられています。
この記事においては、男性が、生活保護費を法律の要件を満たさないにも関わらず不正に受給した可能性を示唆する内容となっております。しかし、記事記載の事実を前提としても、男性は、調布市福祉事務所に対して適法に生活保護の申請をし、調布市福祉事務所が面接調査等を行い保護を開始しており、その開始の判断自体に法律上問題は全くありません。
生活保護法は、申請者が生活に困窮しており「急迫状態」(社会通念上放置しがたい状態)にある場合には、資産調査等を待たずに保護を開始することを認めています(生活保護法4条3項)。これは、憲法25条が保障する最低生活保障の見地から、行政機関には、生活に困窮している人に対しては直ちに保護を開始する義務がある以上、当然の制度です。
また、この記事は「男性の保護申請にはホームレス問題などで著名な司法書士も同行したこと」をことさら取り上げており、あたかも、司法書士が同行したことを理由に生活保護の開始が認められたかのような表現となっています。
しかし、当然のことながら、福祉事務所は、生活保護法に則って、保護の要件を満たす場合に保護を開始するのが職責であり、保護開始の判断に当たって、同行者が誰であるかは無関係です。記事の内容からみても、調布市は、生活保護の申請をした男性と面談をし、聞き取り調査をした上で「急迫状態」(生活保護法4条3項)にあると認定をして保護の開始をしているのは明らかです。
本来、被災者に限らず生活に困窮している人たちに対する最後のセーフティネットとして生活保護制度が十分に機能する必要があります。しかし、生活保護行政の現状は、本来保護を受けられる状態にあるにもかかわらず福祉事務所の窓口で違法に追い返される「水際作戦」などの違法な行政運用が後を絶ちません。このような違法な対応を是正するために、弁護士や司法書士などが申請に同行することが、ここ数年行われるようになってきているのです。
法律家や支援者は、福祉事務所に対して生活保護法に則った運用を求めているにすぎず、法をねじ曲げて保護の必要のない人に保護を受けさせるよう福祉事務所に「圧力」をかけたり「口利き」などをしているわけではありません。
記事の内容からは、記事で言及された「ホームレス問題などで著名な司法書士」とは、当ネットワーク所属の司法書士のことを指しているものと思われます。しかし、そもそも、記事において、「ホームレス問題などで著名な司法書士」と取り上げること自体、生活保護申請支援に携わっている法律家に対する悪意を感じさせる表現と言わざるを得ません。
現在、東京都においては、被災者に限らず多数の生活困窮者が存在しているにも関わらず、生活保護の適用をはじめ十分な施策、対応がとられていない現状があります。
また、東京都は多数の東北大震災の被災者を受け入れているにも関わらず、被災者の生活を支える対策を十分に行っていないことも、様々な方面から指摘されているところです。
このような状況下で、今回、東京都は、被災者支援にも献身的に取り組んでいる特定の司法書士を事実上名指しで問題視する情報を報道機関に提供した責任は重大であると言わざるを得ません。
そして、行政機関からの情報のみを一方的に取り上げ生活保護法の誤解に基づく記事を掲載した産経新聞社の責任も同様に重大であると言わざるを得ません。
以上の通り、生活保護問題、貧困問題に取り組んでいる法律家として、今回の報道内容は読者に対して誤解を与え、生活保護問題に取り組む法律家ひいては法律家の支援を必要としている生活困窮者に対する偏見を増長しかねない内容であることから、東京都及び産経新聞社に対して厳重に抗議いたします。
以 上